Kindleの積読が止まらない件
みなさんごきげんよう。Laylaです。
いきなりですが、みなさんは読書は紙の本派ですか? それとも電子書籍派?
Laylaは長らく、紙の本こそ正義だと思っていました。 本棚にずらりと並んだ背表紙を眺めるあの快感。カバーを外した時に現れる、出版社ごとに異なる装丁の美しさ。新しい本を開いたときの、あのインクと紙の匂い。
——わかります。わかりますよ。紙の本には、紙の本にしかない魔力がある。
でもね、引っ越しを経験した人ならわかると思うんですけど、本って重いんですよ。
もう笑っちゃうくらい、重い。
段ボールに詰めていくたびに「なんで私こんなに本持ってるの?」ってなるし、引っ越し業者さんに「本、多いですね……」って遠い目をされるし、新居に運び込んだはいいけど本棚を組み立てる気力が残ってなくて、段ボールのまま3週間放置したこともある。
さすがにこれはまずいな、と。
そこで少しずつ電子書籍に移行していくことにしました。
iPadという名の巨大図書館
Laylaは普段、iPad Airを愛用しています。ストレージは1TB。
1TBですよ。
正直なところ、1TBのiPadに本を入れ始めたら、物理的な「置く場所がない」という最後の砦が完全に崩壊するんですよ。
紙の本だったら「もう本棚に入らないしな……」で踏みとどまれる。棚の空きスペースという物理的な制約が、最後の良心として機能してくれていた。
でも1TBのiPadにはそんな良心、存在しない。
入れ放題。何冊でも。気の済むまで。
……これがまずかった。
Kindleくんのレコメンド、怖い
Laylaは電子書籍はKindleを使っていて、Kindle Unlimitedのサブスクにも加入しています。
ちなみに、占いの専門書なんかは電子書籍になっていないものがまだまだ多いので、そういうものだけは紙の本で最小限に持っています。何百年も前の文献をKindleで読める日は……まだ来ないでしょうね(笑)
で、問題はKindleのレコメンド機能。
あれ、やばくないですか?
開くたびに「あなたへのおすすめ」がずらっと並んでくるんですよ。まるで新宿のホストのキャッチですよ。こっちが歩いてるだけなのに「ねえねえ、この本どう? 絶対好きだと思うんだよね」って声かけてくる。しかもね、的確なんですよ。こっちの趣味をちゃんと学習してるから、「あ、これ面白そう……」ってなっちゃう。
紙の本屋さんだったら、お店に行って、棚を眺めて、手に取って、レジに持っていく、っていう工程があるじゃないですか。その間に「いや、今日はやめとこ」って引き返すチャンスが何度もある。
Kindleにはそれがない。
「あなたへのおすすめ」→ タップ → 購入 → もう読める。
この間、約3秒。
3秒で本が増える世界に、1TBのiPadを持ち込んだ人間がどうなるか。
——想像つきますよね?
100冊の積読タワー
まんまとおすすめに釣られ続けた結果、気づけば購入した書籍は100冊近くになっていました。
100冊。
紙の本だったら、めちゃくちゃでかい本棚じゃないと収まらない量ですよ。ニトリのカラーボックスじゃ足りない。IKEAのBILLYでも2台は要る。引っ越し業者さんが「本、多いですね……」どころか「本屋さんですか?」って聞いてくるレベル。
でも電子書籍だから、全部iPadの中にいる。1TBの海の中で、100冊がおとなしく浮かんでいる。物理的には何の問題もない。
問題があるのは、私の読書進捗のほうです。
半分以上は読破しました。それは頑張った。偉い。自分で自分を褒めたい。
でも、まだ半分ある。
そして何が恐ろしいって、Kindleくんのおすすめは止まらないんですよ。こっちがまだ50冊の積読を抱えているというのに、「次はこれどうですか?」「これも好きだと思いますよ?」って、平然と新しい本を勧めてくる。
空気読んで。お願いだから空気読んで。
「先に買っておいて後で読もう」の罠
「さすがに読み終わったら買おう」と心に決めたことは、何度もあります。何度もある。
でもね、本との出会いって一期一会なところがあるじゃないですか。
今おすすめに出てきたこの本、来週もう一回検索したときに見つけられる保証はどこにもない。Kindleのレコメンドは気まぐれだから、今日見せてくれた本を明日は見せてくれないかもしれない。
そう考えると、「とりあえず買っておこう」になるんですよ。
買ったら安心。ライブラリに入っていれば、いつでも読める。今日読まなくても、明日読まなくても、来月でもいい。存在してくれていればいい。
——この思考が積読を生む。
わかってるんですよ。わかってるんだけど、「先に買っておいて後で読もう」が毎回勝つ。「後で読もう」の「後で」が永遠に来ない可能性に目を瞑って、購入ボタンを押す。
これ、本に限った話じゃないかもしれない。
人って「いつかやろう」を確保することで安心する生き物なのかもしれないですね。いつか読む本、いつか着る服、いつか行く場所。「いつか」を手元に置いておくことで、未来の自分に期待している。
……まあ、未来の自分も積読してるんですけどね(笑)
絵の技法書沼にようこそ
Laylaは現在、絵の練習をしています。
なので最近の購入履歴を見ると、もう見事に絵の技法書ばかり。デッサンの基礎、人体の描き方、光と影の表現、パースの取り方、色彩理論、構図の法則。
一冊一冊は本当に勉強になるんですよ。「なるほど、こうやって光を捉えるのか」「この筋肉の走り方はこうなっていたのか」って、読むたびに発見がある。
でも技法書って、読んだだけじゃ上手くならないんですよね。
当たり前のことなんですけど、手を動かさないと意味がない。読んで「なるほど」と思っても、実際にペンを握って描かないと、その知識は身につかない。
それなのに、新しい技法書が出ると買ってしまう。
「この本を読めばもっと上手くなれるかも」という期待。「知識を増やせば画力が上がるはず」という幻想。
技法書を買うことと、絵が上手くなることは、イコールではない。
——わかってるんですけどね。
買っちゃうんだよな。
そしてイラストレーターの画集まで
最近のKindleくんはさらに攻めてきていて、技法書を買い漁っている私のデータから「この人はイラストが好きなんだな」と判断したらしく、ついにイラストレーターさんの画集までおすすめしてくるようになりました。
買いました(笑)
開きました。「すごいなあ。うまいなあ」で閉じました(笑)
画集って技法書とは違うんですよ。技法書は「描き方を教えてくれる先生」で、画集は「完成された芸術を見せてくれる美術館」。どちらも大事だけど、役割が違う。
でもKindleくんにとってはどっちも「イラスト関連の書籍」でしかないから、お構いなしに勧めてくる。
「こちらの画集もいかがですか?」
いかがじゃないよ。積読タワーの高さを見てから言ってほしい。
まあ、画集は画集でインスピレーションになるので、決して無駄ではないんですけどね。プロの線の引き方とか、色の置き方とか、構図の取り方とか、技法書とは違うアプローチで学べることがたくさんある。
結局買って、結局学んでいる。
Kindleくんの勝ちです。完敗。
紙の本は最小限に
さっきも少し書きましたが、紙の本は最小限にしています。
電子書籍に移行した最大の理由は、物理的なスペースの問題。でもそれだけじゃなくて、紙の本って日に焼けるんですよね。背表紙が色褪せたり、ページが黄ばんだり。
占いの専門書みたいに「代替がきかない」ものだけは、紙で持っています。古い文献や、そもそも電子化されていない書籍。そういうものは紙で持つしかないし、紙であることに意味がある。
手に取って、ページをめくる。その手触りの中に、知識の重みがある。
……なんて格好いいことを言ってみたけど、実際は「電子書籍がないから仕方なく紙で持ってる」が正直なところです(笑)
いや、紙の本には紙の本の良さがあるのは本当ですよ。カフェで紙の本を開いている姿って、なんとなく絵になるじゃないですか。iPadでKindleを読んでいると「仕事してるのかな?」って思われるけど、紙の本を開いていると「読書してるんだな」って伝わる。
見た目の問題かよ、って思うかもしれないけど、案外大事なんですよ、これ。
自分が読書している姿を、自分がどう感じるか。紙の本を手にしているときの自分は、なんとなく品が良い気がする。気のせいかもしれないけど。
クレカの明細が怖い
ここまで読んでくださった方、お気づきだと思いますが、100冊近い書籍を買っているということは、当然それだけのお金が出ていっているということです。
Kindle Unlimitedで読み放題の本もありますが、技法書や画集は対象外のものも多い。一冊1,500円〜3,000円くらいのものがほとんどですが、それが100冊ともなると……。
計算しなくていいです。しないでください。計算したら負ける。
電子書籍の怖いところって、一冊一冊の購入が軽いんですよ。ワンタップで買える。物理的な重さもないし、財布から現金が出ていく感覚もない。クレジットカードの番号なんて最初に一回入力したきり。
だから「まあ1,500円くらいいっか」が積み重なって、月末に明細を見て震える。
本を買うことは自己投資だと思っているし、知識にお金を使うことに抵抗はないんですが、さすがに積読のまま放置している本がある状態で新しい本を買い続けるのは、投資というよりコレクションに近い気がしてきた。
コレクターとしての私は満足しているけど、読者としての私は追いついていない。
このギャップをどう埋めるか。
——答えは簡単で、読めばいいんですけどね(笑)
Kindleくんとの共存を考える
文句ばかり言ってきましたけど、冷静になって考えると、Kindleってすごいツールなんですよね。
100冊の本が一枚のタブレットに入っている。カフェでも電車でもベッドでも、いつでもどこでも読める。文字サイズも変えられるし、ハイライトも引けるし、メモも残せる。検索もできる。
紙の本100冊を持ち歩くのは物理的に不可能だけど、iPadなら余裕。しかも1TBのストレージがあるから、まだまだ入る。
おすすめ機能だって、文句を言いつつもありがたいんですよ。自分では絶対に出会えなかったような本を教えてくれる。「こんな本があったんだ」っていう発見は、本好きにとっては最高の喜び。
要するに、Kindleくんは悪くない。
悪いのは、自制心のない私です(笑)
積読は悪か
ここまで「積読がやばい」「止まらない」と騒いできましたけど、一つだけ言わせてください。
積読って、本当に悪いことなんでしょうか。
読んでいない本が棚に(あるいはiPadの中に)並んでいる。それは確かに、読者としては不完全かもしれない。お金も使っている。時間も足りていない。
でも、積読している本って、「いつか読みたい」と思った自分の記録なんですよね。
あのとき、この本に興味を持った。このテーマを学びたいと思った。この世界を覗いてみたいと思った。購入ボタンを押した瞬間の、あの小さなときめきの積み重ね。
読んでいなくても、そこにある。
手を伸ばせばいつでも読める状態にある。
それって、未来の自分への贈り物なんじゃないかな、って最近は思うようになりました。
……いや、やっぱり読めよ、って話なんですけど(笑)
それでも積読は止まらない
結局ね、この記事を書いている最中にも、Kindleくんが新しい本をおすすめしてきたんですよ。
デザインの本。レイアウトの理論と実践がどうのこうのって書いてある。
……面白そう。
ぽちっ。
(101冊目)
誰か、私の積読を消化してくれ。
いや、消化しなくていい。積読のまま、ここにあればいい。
だっていつか読むもん。
——いつかね。




